15歳で鉄筋屋に飛び込み、22歳で会社を創業。北陸新幹線の受注で大きく飛躍、大雪の中での難工事も仲間に助けられてやり遂げた。特需は終わっても長年続けてきた住宅基礎鉄筋は順調だ。2021年9月A評定を取得し、「北陸3県のユニット市場は有望」小林社長は語る。
JHR会員うちの会社インタビュー 語る人
株式会社泰豊工業・代表取締役 小林泰夫 氏
「JHR会員うちの会社インタビュー」とは コロナ禍で生活や社会の姿が大きく変わってきましたが、日本住宅基礎鉄筋工業会の会員企業も新しい時代に向けて一生懸命活動しています。こうした会員企業の現状や今後の目標などについて、“うちの会社”を代表者に語っていただきます。
泰豊工業創業の時はどんな感じでしたか。
小林 学校もほとんど行ってなかったんですが、15歳の中学生の時に福井の知合いの鉄筋屋さんに拾ってもらったのがスタートです。私はモノを作るのが好きで性に合っていたので鉄筋屋が面白かった。その人から「仕事を覚えてしまえば一生飯が食える」と言われて、鉄筋の仕事を続けようと思った。私の場合はスタートが早かったので、22歳の時に独立しました。
会社ではどんな仕事が中心でしたか。
小林 いわゆる鉄筋屋で加工もするし現場に行って組み立てもするという仕事です。仕事先はビルとか土木仕事だったりの一般的な鉄筋工事です。独立後は下請け工事もしてきたのですが、会社が飛躍したのは北陸新幹線の仕事でした。それまではある大手ゼネコンの仕事を孫請けでしていたのですが、支店の部長から新幹線工事を直接請け負ってみないかと言われました。金沢―福井間の最初の工区だったので単価の交渉はプレッシャーでした。安い単価で請け負えばその後の工区の単価にも影響するので他の鉄筋業者にも迷惑をかけてしまいますから。新幹線工事は何万トンという契約になるので、発注する側も工場の能力を見てきます。それまで借りていた工場では手狭なので新しく工場も建てました。ただ、その時点では正式な契約は出来ておらず勝負でしたね。その後、無事に工事を受注することが出きました。
新幹線の仕事と並行して住宅の基礎鉄筋の仕事もしていました。20年位前から友達とか知り合いの土建屋さんから仕事をもらってやっていた。会社としては大きな仕事がメインだったんですが、新幹線の仕事は特需で完成したら終わりです。それで、特需が終わったらどうなるのだろうか考えてたんですが、ずっと住宅関係の鉄筋に関わってきたじゃないかと改めて気づいたわけです。
ただ、うちの住宅基礎鉄筋は自分たちで作って現場に取り付けしていたものだったので、ある時Tホームさんからユニットじゃないとダメだと言われた。そうすると現場に行って取り付けるだけの仕事になるわけです。今までアーク溶接でユニットは作っていたんですが、評定がないと使えないと言われました。
新幹線の仕事は終わるけど、住宅の仕事は続いていたのでお客さんも増えてきていた。住宅関係でそれなりに売上があった。一方の新幹線工事家の売上は無くなるのです。住宅の仕事は継続して売上があったので手放すわけにはいかないわけです。でも、ちゃんとした基礎への対応も求められるし、評定についても全然わからなかった。評定がA、B、Cあることすら知らなかった。
それで新幹線が終わる2、3年前から色々模索、手探りでやってきて、最後に建築センターにたどり着いて色々教えて頂いた。それで試験機も買ったんですが、自分のところの機械の性能を見ていると、これでは評定が取れないと思いましたね。結局、A評定を理解したときに今までの設備ではダメだと分かったんです。それで機械設備を新しくしました。建築センターの方からアドバイスを受けて、意識が大きく変わりました。「溶接機買ってパチュパチュと付ければスポット溶接じゃん、これユニットでしょう」という感覚だった。でもその時点でかなりの投資をしていたので引き返せないわけです。そこで勝負をかけたわけです。
その時、一方では新幹線の仕事をバリバリやっていたと思いますが、そちらの方で何か会社として得たものや得難い経験はありましたか。
小林 詰け負った新幹線工事の中に川内の橋脚のケーソンがいくつもありました。その中の一つは工程も厳しく同業者にも打診したのですが、すべて断られました。その現場は自分が担当していました。自分たちがやるしかないという状況でした。その年は大雪で毎日数十センチの雪が積もっていました。毎朝2時間くらい除雪してから作業をしました。運送屋さんも普段なら1時間半位の距離を片道6時間位かけて運び鉄筋をおろし、それから戻り21時位に積込みをしてまた翌日には現場に来てくれました。多分、仮眠しか取れてなかったと思います。圧接屋さんも同様です。大雪という理由で今日は行けないと言えたはずなのに、誰も言わなかった。あの時、雪が多くて誰かが無理だと言ったら工期に間に合わすことは出来なかった。その時は運送屋さんも圧接屋さんも自分の下請けではなく仲間というかチームという感覚でした。社員も含め仲間たちに助けられ、すごく感謝しました。
いい経験でしたね。そういう大きな土木の仕事と比べて、住宅の方はどうですか。
小林 従来の住宅基礎鉄筋は順調です。
ユニット鉄筋に関しては、製造販売業だと思っていますし、如何にコストを抑え生産性をあげるかだと思います。もちろん価格が高いに越したことないのですが、それでは競争に勝てない。ある程度の価格で自分たちがこなせるのだというものにしていかなければいけない。これからユニット鉄筋は確実に増えていく仕事だと思っています。如何に自分たちがこなせる能力を持つかも大事だと思います。全国でトップクラスで走っている方たちの知恵や技術を教わりたいと思っています。
今までは現場が中心でした。現場作業は労務費なので如何に高くセールスするかでした。ユニットの販売に関してはコストダウンをして安く作るということも一つの考えです。もちろん付加価値をつけて高く売ることも大事だと思います。ユニットの販売を通して組み立ての依頼もくるようになりました。またその土建屋さんから従来鉄筋の依頼も来るようになり数は増えています。
現在、受注した物件では100%現場の組み立てをやっているのですか。
小林 100%ではないです。最近ようやく販売だけのものも増えました。ユニット絡みが全体の3割程度、その中の2割から3割が販売のみです。
住宅関係のユーザーさんはどんなところが多いですか。
小林 大手住宅メーカー等は数社で、あとは従来タイプで地場のメーカーです。地場の住宅メーカーはユニットでなくてもいいという所が多いと思います。地域的には石川県中心ですが、ユニットに関しては北陸3県です。それ以上は出ません。地域的に広げることはないと思います。ただユニットの需要は北陸三県だけでも増えると思っています。
工場の生産キャパは月400トン位だと思います。物件数で250~300棟です。現在は全部足しても月150棟位しかしていないので、まだ2倍近くは行けると思います。だから、うちとしてはまだまだ余裕があるし、キャパいっぱいになるだけの仕事は北陸3県にあると思います。
後は人材の問題だと思うのですが。人がなかなか集まらない。こちらでは何人でやっているのですか。
小林 うちは工場専属が数人いますけれど、現場に出ている人間も工場に入れる。でも今後はこれをやめようと思います。品質が落ちるのでね。現場から帰ってきた人間が手伝うというのはいいですが、それは止めていこうと。現状、工場は常時数人で回しています。でもうちの設備で倍位の人数は入れます。シフト制とか取れば2.5倍の生産はできます。その人間をどうするかというと、やっぱり外国人実習生、特定技能外国人を頼らざるを得ないと思います。日本人でそれだけの人数を揃えるのはできない。仕事をやっていく上で彼らの力は不可欠だと思います。そこで、工場作業をマニュアル化できてしまえば、経験が少ない人でも生産性が落ちないというのが自分の考えです。
その中で、現場というのが一番の課題です。さっき言った付加価値、つまり現場での組み立てと
いう点では工場とは違い、経験や知識が必要になってきます。今までのように日本人どうしではなく、彼らに仕事を教えられる人材を育てることだと思います。外国人実習生を日本人と同等の仕事ができるように育てていく必要があると思います。現在数名ではありますが、特定技能になり彼らだけで現場をこなしています。日本人だけというスタイルはこの建設業では終わっています。
最後に工業会へご意見お願いします。
小林 工業会として、A評定というものがどれだけ価値があって、どれだけの影響力が今後持てるのかをもっと外に向かって訴えていくことが必要だと思います。また私の勝手な理想でいえば、色々な住宅メーカーさんから工業会という核に依頼があって、それを全国で分配するということもあってほしいと思います。どんな問題でも工業会に聞いてもらえば、これだけいいモノがありますよとか言ってほしい。そういう連携があったらいいと思います。
■会社プロフィール
本社・工場:石川県白山市水島町518-5
上小川工場:石川県白山市上小川町668-4
年 商:5億円。
従業員:30 名